テレビ、インターネット、書店・・・、あちらこちらで相続や遺産分割争いについての情報が出回っています。
いずれも、相続が「争族」になるとか、遺産分割をきっかけに縁が切れた、といった話の中でも、悲惨な結果の部分に焦点が当てられ、不安だけが残ってしまうような内容が多いと感じます。
または、こういった話は脚色された極端な例であると感じて、逆に自分の家は大丈夫、と思ってしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか。
ここでは、実際の統計を元に、現状とその背景を理解し、その上でなぜ遺言を遺すことが有効であるのかを述べていきたいと思います。
❏ なぜ遺産分割争いが起きるのか
相続(近親者の死)というものは、人生の中でそうそう起こることではありませんので、事前に相続のことを想像する機会はそうはありません。
まして、自分が亡くなった後のことを想像するというのは、ある程度の年齢に至るか、よほどのきっかけがないとなかなかできないものです。
そして、「身内(家族)なんだから遺産分割争いなんてするはずない。お互いのことを思いやって、話し合いでうまく分けてくれるだろう」。
そう思われている方も多いと思います。
しかし、現実には年間1万5千件以上の遺産分割争いが家庭裁判所に持ち込まれています。
これは、調停・審判にまで進展してしまった数字ですので、そこまでは行かずとも揉めているものを含めれば、相当な数に及ぶと考えられます。
どうして、争いになってしまうのでしょうか。
仲の良かったはずの身内同士が、なぜ縁を切るまでに至ってしまうのでしょうか。
その要因を考えるには、まず次のような「遺産分割」という行為、それ自体に潜む根本的な問題点を指摘して置かなければなりません。
① 「もらえるものならもらいたい」
相続は、親など自分以外の人間の財産を引き継ぐ作業です。
この機会に財産をできるだけ多くもらいたい、ちょっと口は悪いですが、「もらえるものならもらいたい」。これはある意味普通の感情です。
そのような感情を表に出して自らの権利を主張する人がいても不思議ではありません(もちろんそうでない方もたくさんいらっしゃいますが)。
身内だからこれぐらい言ってもいいだろう、と考えることもあるでしょう。
② 遺産分割とは、有限の物を取り合う行為
これは、土地の境界争いとも共通しますが、分割する総量は決まっていますので、一方が多く取ればもう一方の取り分は少なくなります。
自分は50だと思っていれば結果的に40となった場合、自分は10損した、あいつは10得した、というように、「誰かが得して誰かが損する」、という結果としてとらえがちです。
③ 遺産分割には「正解」がない
遺産分割には、遺産をどう分けるかの「正解」がありません。
相続人が協議で定めることになっているからです。
「法定相続分」という、民法に定められた各相続人の相続割合は定められてはいますが、まずはその通り分けることの難しさがあり、その通り分けたからといって各人が平等に感じるか、という問題があります。
遺産が全て現金や預金であれば、容易に分割もできますが、土地や建物などの固定資産があれば、「単純に半分にしよう」とは言えないケースが多いのです。さらにその不動産に相続人のいずれかが現住している場合などは、「売ってお金を分けよう」とは単純にいきません。
また、法定相続分をスタートラインとして、自分は介護に貢献した、ずっと親の生活費を出してきた、あいつはほとんど顔も出していない、というような自分なりの加算減算を考え始めると、例え法定相続割合で分割するとしても、それを平等と感じない方が出てきます。
さらに、そもそも前提となる財産の価値も、一般的にはある一定の基準で評価しますが、土地の価値をいくらでみるか、株式はいくらか、というのはあくまで「一般的な考え方」が世に示されているだけで、どの評価方法を取るかの決まりはありません。
評価方法が決まっていない以上、自分に有利な評価方法を選択しようすることは当然ですので、この財産の評価方法についても争いが起こり得ます。
以上のように、そもそも遺産分割そのものに争いになる要素があり、ある意味争いになっても不思議ではありません。
円満に遺産分割を終えるには、相続人同士が互いのことを思いやり、譲り合う精神をもって協議に臨むことが必要です。
そうでなければ、簡単に争いになるものなのです。
❏ 遺産分割調停件数の推移
昨今、遺産分割に係る調停件数が増えています。
その推移は以下のとおりです。
出典:家事事件の概況(司法統計年報)
平均審理期間についてはここでは無視していただき、新受件数(家庭裁判所が遺産分割事件を受け付けた件数)の推移をご覧ください。
遺産分割事件の件数が増加傾向にあることがわかります。
平成6年から平成26年までの約20年の間で、件数が約1.5倍に増加しています。
このデータを見ていただければ、単にメディアや専門家が”争いが多い”とあおり立てているだけではないことがお分かりいただけると思います。
戦後「家督相続制度」が廃止され、それまではほとんどの場合、長男が全ての財産を引き継ぐものとされてきたものが、現在は法定相続分を有するのが、子全て、配偶者・親・兄弟にまで拡大しました。
そして、昨今は、核家族化がすすんでいます。兄弟はもちろん、親とも別居するのが当たり前の時代です。
家族といっても、それぞれ別々の生活を維持していかなければなりませんので、それぞれが法定相続分の主張をすることはやむを得ないとも言えます。
一方、「長男が親の面倒を見て実家を継ぐものだ」という昔ながらの考えをもっている方もいらっしゃいますので、こういった考え方の違いは中々相いれることはないでしょう。
権利は主張するものだ、という風潮はますます強まっており、遺産分割事件件数は今後も増加傾向が続くことが予想されます。
❏ うちは財産が少ないから大丈夫?
「うちは、大した財産はないので大丈夫」
このように考えていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。
まず、次のデータをご覧ください。
◎平成24年度 家庭裁判所の遺産分割事件のうち認容・調停成立件数
総数 8,740件
この内、
遺産の価額が0~1000万円の件数 ⇒ 2,821件(32%)
遺産の価額が0~5000万円の件数 ⇒ 6,618件(76%)
引用:平成24年度司法統計
意外な数字ではないでしょうか。
つまり、遺産分割調停成立件数の内、遺産総額が1000万円以下の争いが3割を占め、5000万円以下では全体の4分の3を占めている実態があるのです。
これは、「遺産争いはお金がある家だけのハナシだ」という一般の方の固定概念をひっくり返すようなデータです。
この理由はいくつか考えられます。
①富裕層ほど危機意識が強いので、遺言書等の準備をしている、
②遺産が少ないほど各相続人の取り分が少なく、少しでも多くという意識が働いて争いが発生しやすい、
③遺産が多くない層は、遺産総額に占める固定資産(家、土地等)の割合が高く、遺産分割が困難な場合が多い、
などが、有力ではないかと思います。
逆に言えば、遺産が少ないからといって安心している方、財産が持ち家とその敷地ぐらいしかない、という方ほど注意する必要がある、ということです。
❏ うちは家庭円満だから大丈夫?
現在は家庭内が円満であることで、まさか自分や身内の死後に相続争いが起きるとは考えてもいない方もいらっしゃるとは思います。
しかし、ご本人が亡くなった時点で、相続人となられる方々が、どういう経済状況に置かれているかは、その時にならないとわかりません。
ご本人が亡くなられた時、お子さんが、子どもの学費と住宅ローンの支払い等が重なり、現金を必要としている場合もあるでしょう。
お子さんがリストラや病気で不労状態である場合もあります。
さらに、こういった場合にお子さん自身は争う気がなくても、その配偶者が権利を主張する場合もあります(お子さんの配偶者に権利があるわけではないのですが)。
このような、関係者を取り巻く環境の変化は、思いもかけずやって来るものです。
円満な分割協議が出来るかどうかは、その時になってみないとわかりません。