そして「なぜ遺言を残した方が良いのか」
相続人が複数の場合、遺言がなければ相続人の間で遺産分割協議を行う必要があります。
遺産分割の問題点は、前述したとおりです。
一度争いになってしまうと、分割から数十年経過してもそのわだかまりは、なかなか消えません。
こういったわだかまりは、身内ほど後を引くものです。
数十年経過した後に話を蒸し返す方も実際にいらっしゃいます。
いまの制度において、遺産分割における争い・わだかまりを防ぐために取りうること、
法的な要件を備えた「何を誰に相続させる」という遺言があれば、遺産分割そのものの必要がなくなります。
被相続人の財産は、相続開始(亡くなった)と同時に遺言で指定した相手に帰属するからです。
また、そもそも遺産は亡くなられたご本人の物であったわけですので、相続人もその意思に従うことに心理的な抵抗は少ないはずです。
そして、たとえ思うところがあっても、遺留分を侵害している等の特段の事情がなければ、遺言に従うしかありませんので、相続人としては納得するしかないのです。
本来自分の物ではない物を、身内どうしで奪い合う、という構図そのものを避けることが出来ます(遺留分を侵害していた場合を除く)。
推定相続人(相続人となる予定の方)が一人しかいない、相続財産が完全にマイナスで、相続人全員が放棄する場合など、必ずしも遺言が必要でない場合もありますが、こういった方々や特段の事情のある場合を除く、「ほとんどの方」には、遺言を残されることをおすすめいたします。
❏ 遺言書を作られる方が増えています。
年 | 遺言公正証書作成件数 |
---|---|
平成19年 | 74,160件 |
平成20年 | 76,436件 |
平成21年 | 77,878件 |
平成22年 | 81,984件 |
平成23年 | 78,754件 |
平成24年 | 88,156件 |
平成25年 | 96,020件 |
平成26年 | 104,490件 |
平成27年 | 110,778件 |
(日本公証人連合会HPより)
公正証書遺言を作成された方は、平成19年から平成27年にかけて1.5倍に増えています。
また、時期はズレますが、平成14年から平成24年にかけて、家庭裁判所の遺産分割事件の受付件数が1.36倍に増えています。(平成24年度司法統計より)
遺産分割の争いが増えていることと、その事前対策としての公正証書遺言作成件数が増えていることには、一定の相関関係があると考えて良いのではないかと思います。
❏ 遺言の種類
ここでは、遺言の種類を見ていきます。
一般的には、「公正証書遺言」と「自筆証書遺言」の2種類から選択します。
以下、比較してみましょう。
公正証書遺言 | 自筆証書遺言 | |
作成方法 | 公証人が作成。本人は署名押印のみ。 | 全文を本人が自筆で書く必要あり |
証人 | 2名以上必要 | 不要 |
保管 | 公証役場 | 本人等 |
家裁の検認(※) | 不要 | 必要 |
メリット | ・保管の心配不要 ・偽造、変造の恐れがない ・公証人と証人の立ち合いがあるため、本人の意思で作成されたことを担保できる(無効主張されにくい)。 ・遺言の存在と内容を明確にできる ・検認不要であるので、相続人の負担が軽くなる |
・作成が簡単かつ安価 ・遺言内容を秘密にできる ・いつでも変更できる(しかし、変造の恐れもある) |
デメリット | ・作成時に手間がかかる ・費用がかかる |
・検認手続きが煩雑 ・紛失、偽造、変造のおそれがある ・要件不備になり易い ・相続人が遺言の存在に気付かないことがある ・本人の意思で作成されたことを証明することが難しく、紛争がおこりやすい |
上記のとおり、それぞれにメリットデメリットがありますが、可能な限り公正証書遺言をお勧めします。
自筆証書遺言は手軽・安価ですが、相続開始後の手続きが煩雑で争いが生じやすい、という点で、実際にその遺言書を使って手続きをする相続人には、あまり優しく有りません。
公正証書遺言は、自筆証書遺言に比べ作成費用がかかり、公証役場へ出向く必要もありますので、作成時には一定の負担がありますが、相続が開始すると相続人の負担軽減に大きく寄与する(表の赤字部分)、というのが特徴です。
ただし、今すぐに遺言を書かなければならない状況であるとか、何回も書き直す予定があるという場合は、自筆証書遺言が適している場合もあります。
そういった事情がなければ、「遺された家族のための遺言」という視点からすると、公正証書遺言が第一候補になると思います。
※「検認」とは、自筆証書遺言の場合に、相続が開始した後、家庭裁判所で取らなければならない手続きのことです。家庭裁判所に請求する必要があります。この手続きは、請求をしてから1~2か月の期間を要しますし、裁判所に出向く必要もあります。また、封印のある自筆証書遺言書は,家庭裁判所で相続人等の立会いの上開封しなければならないことになっています。
これらの手続きは、なかなかの負担です。
注)上記以外に「秘密証書遺言」という遺言方式も民法に定められていますが、実務においてほとんど利用されていないことから割愛しました。